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隅をつつけば/素晴らしい記事 桜の住人 5月30日(土) 22:51

せいせき観光まちづくり会議さんが
webで「聖蹟桜ヶ丘の記憶」という
シリーズ企画のアップを始めましたが

その1回目は、耳をすませばの監督である
近藤喜文氏との思い出を、弟子にあたる
日本アニメの佐藤好春氏が語るというもの。

近藤喜文氏も佐藤好春氏も、どちらかと
いうと「裏方」の役割りの方なので
あまり聞いたことのない貴重な話しが
載っていて大変興味深いです。


桜の住人 5月30日(土) 23:08

2人が出会った場所は多摩市和田にある
日本アニメーションの本社スタジオ。
佐藤好春氏が新人として入った1979年のこと。

日アニは赤毛のアンの制作真っ最中、
近藤喜文氏は作監(作画監督)として
バリバリの中心人物でした。


桜の住人 5月30日(土) 23:18

記事の中に、「徹夜仕事を終えたあと、
聖蹟桜ヶ丘駅前の喫茶店まで
みんなで歩き、モーニングを食べて
解散する」というくだりがあります。

当時、駅前でモーニングをやっていた
喫茶店ってどこだろう?
朝早くから営業していた喫茶店って
あんまり無いんですよね、田舎だから。


桜の住人 5月30日(土) 23:44

我々ジモティが駅前で喫茶店といえば
・・・ベニスですかね。
昭和40年代の写真ですが、右側のビルに
「ベニス」の看板が見えます。
1979年といえば昭和54年か、
まだベニスはあったと思います。

あとは京王線の高架下クラウン街、
改札正面に喫茶「蘭」。
後にカフェ・ド・クリエ、今は
おむすび権兵衛のある場所です。
現在セブンイレブンの場所には
サンテオレもあったような。
(聖蹟にマクドができたのは
1984年のスクエア開業から)

日アニから至近距離の邪宗門は
夜型の喫茶店だったので
モーニングの時間帯には
営業しているはずがない 爆


桜の住人 5月31日(日) 09:39

さらに記事を読むと
「昼になると近藤さんたちと2〜3人で
聖蹟桜ヶ丘駅近くまで
歩いて食事に出ることがよくあった」
「日本アニがある和田から、
東寺方の坂、通称「おばけ坂」を下り、
大栗川沿いの道を通りながら・・・」
とあります。

地元民なら知らぬ者のない おばけ坂は
地図の丸で囲んだ細い坂道。
赤い星マークが日アニ本社ですから
聖蹟の駅から歩くとき必ず通る場所です。


桜の住人 5月31日(日) 09:54

ちなみにこの写真は
耳すま掲示板がスタートした20数年前、
おばけ坂の途中から撮った聖蹟の朝日。

かの宮ア駿氏も耳をすませばについて
「僕が日本アニメーションという
プロダクションにいた頃に、徹夜明けで
帰る途中に見た風景が元になっている」と
語っています。ぜったいこの坂からです。
さらに・・・


桜の住人 5月31日(日) 10:09

「いつか、ここを舞台にできたらいいな
と思って、行き帰りにずいぶんロケハンを
やったんですよね。聖蹟桜ヶ丘の街を」

とも語っています。
あ、こっちの写真は おばけ坂から見た
いろは坂の登り口、霞ヶ関橋付近の光景。
なーんか耳をすませばの朝日シーンを
感じさせますよね。

ちなみに佐藤好春氏は記事の中で
近藤喜文氏もこう語っていたといいます。
「こういう場所を舞台にした作品を
やりたい」 プロデューサーも監督も
異口同音、おんなじことを考えている。
みんな どんだけ聖蹟桜ヶ丘が好きなんだ。


桜の住人 5月31日(日) 15:40

「大栗川沿いの道を通りながら・・・」
ということは 皆さんこんな風景を見ながら
お昼ごはん食べに歩いていたのでしょう。

あ、大栗川沿いの道っていうのは
写真の左端の細道です。
土手の内側の遊歩道が整備されたのは
2011年、東日本大震災の時に
ちょうど工事の真っ最中でした。


桜の住人 5月31日(日) 15:50

「よく行ったのは、雑居ビルの
2階にあった「ダイモ喫茶店」や、
今もある喫茶店「シナモン」など」

雑居ビルというのは、さくら通りの
聖蹟桜ヶ丘郵便局の真向かいにある
伊野ビルのことです。

桜はこのダイモという喫茶店知りません
チロリン村ではないのね?
チロリン村って飲み屋だったのかな。
1979年ごろって・・・

このビル1階の今は たまゆら整骨院と
鍵の救急車になっている部分が
イタリアントマトだったんですよねー
(なんでこんな田舎にイタトマが?)
桜はよく入り浸っていましたが、
1980年代頭に入っていたのかなー?
正確なところが記憶にありません。


桜の住人 5月31日(日) 16:01

郵便局の隣の喫茶シナモンは
今も営業していますが、
当時の店舗はボロアパートの1階。
現在は大東建託だったか?の立派な
集合住宅のビルになっています。

新しい店舗になったばかりの頃、
マスターが駅前のスーパーの肉売場で
朝10時の開店の時刻に
あとは焼くだけの成形済みの
生ハンバーグステーキをパックで
いくつもカゴに放り込んでいるのを
毎日見ていました。あのマスター、
かなり前からまったくお見かけして
いませんね。別の方に変わったみたい。


桜の住人 5月31日(日) 16:31

今回のせいせき観光まちづくり会議さんの
記事を読んで、和田の日アニの人たちが
こんな遠くまで歩いて食事に来ていた事を
初めて知りました。

近藤喜文氏、桜ヶ丘のこんな近くを
うろついていたとは予想外です。
さらに記事にはこんなことも・・・

「聖蹟桜ヶ丘を歩いているとき、
近藤さんが、佐藤さんに
「宮崎さんから聞いたのだけど、
あの建物が未来少年コナンの、
三角塔のモデルになった」

おいおい、インダストリアの原型は
このご近所にあったの???
未来少年コナンは1979年放送、
昭和50年代前半にこの地に存在して
三角塔のモデルになりそうな建物って

・・・・・・

もしかして、こいつですかー??

いや、他にまったく
思い当たらないんですけどー??

なんか・・・
霞ヶ関橋からわずかの徒歩圏内に
宮ア駿に近藤喜文に佐藤好春に
ジブリのレジェンドたちの痕跡が
いくつもあって、ちょっと腰が抜けた
桜の住人なのであります。


・・・腰は抜けたままで


明日6月1日からの京王7階での
「雫が住む街」パネル展や、
明後日6月2日からヴィータ7階での
「少年・青年時代の近藤喜文展」を
見に行く予定でおります。
後者は、近藤喜文展での「新潟五泉時代」
の展示物みたいな感じなのでしょうか。

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