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1967: 阿波西部・東予の探訪 孫右衛門 11月24日(火) 22:25
この週末は徳島県を中心に帰路に愛媛県を訪ねながらという1泊の探訪を行いました。
今回は古い町並ばかりではありません。割合としては50%であとはこれまで訪ねたいと思っていた場所を選びました。加えて旅館に泊ることも一つの目的としました。
まず町並では貞光の再訪(いわゆるうだつ御三家ではここだけ1回しか訪ねていない)をはじめ、数ヶ所の新規を含め7・8箇所訪ねました。

意外な収穫だったのは最後に訪ねた愛媛県西条の近くにある壬生川の町並です。ストリートビューでは駅の西側にわずかに残っている程度で期待薄だったのですが、海側に漁師町を思わせる路地の町並が展開していました。近くには登録有形文化財の見事な屋敷もあり、驚きの探訪でした。

孫右衛門 11月24日(火) 22:36
これは新居浜市の南にある別子銅山の遺構です。平地からいきなり1600mほどの険しい山がそそり立つ地形のもとに、地下には銅の鉱脈があり無数の坑道が掘られていました。
標高700mほどのところにある東平地区は拠点のひとつで、昭和40年代までは小学校などもある村があったそうです。
写真の奥に瀬戸内海が見えますが、意外な近さにあることでその険しさがわかります。
県道から分かれてここに辿りつくまで結構大変な山道でした。

孫右衛門 11月24日(火) 22:48
旅館は、徳島県井川町辻にある「勇楼旅館」に泊りました。
部屋に案内されて、女将さんからいきなり七ちょめさんの名前が出てきてびっくりしました。いらかぐみのこともよく御存知でした。
もちろん七ちょめさん情報でマークしていた旅館のひとつですが、とにかく殿様部屋とも称される表側の建物二階の座敷は大変な贅を尽くしたもので、この旅館を訪ねる意義のひとつにこの部屋を見学することがあるといっても良いものと思いました。
女将さんから色々な話を聞くこともでき、満足の宿泊でした。
2食付きで食事も料理旅館と名乗られているだけに良く、例のキャンペーンにも加入されていましたので、割安で泊ることが出来ました。
「殿様部屋」の様子です。

七ちょめ 11月25日(水) 09:14
井川町辻の「勇楼旅館」に泊まられたのですね。女将が私のことを覚えていたそうで、私もビックリです。「いらかぐみ」のことも言った覚えはあります。
私も女将のことはハッキリと覚えています。私は古い伝統的な様式の部屋と希望して宿泊したのですが、丁度この部屋でした。その時には殿様部屋とは知りませんでした。
覚えているのは女将がこの部屋に案内して、云った言葉です。
先日「合宿で泊まった中学校の先生たちが、この床の間を長靴の置き場に使っていた」
今の先生方は伝統的なことは知らないのだろうかと嘆いておられたのを覚えています。

孫右衛門 11月25日(水) 22:56
勇楼旅館の女将さんは七ちょめさんが泊られて紹介されたページも熟読され、いらかぐみのサイトも見られているようです。帰り際に私も紹介しますと言いました。
女将さんとその息子さん?と思しき男性で経営されていましたが、ここに来て50年という女将によると昔は結婚式とあればここで取り行われたとか、建物の道路側には映画館があった、商家が医院も4件も5軒もあったなどと次々とかつての様子を聞くと、全く想像もできないものに感じました。
言い換えれば常々古い町並として訪ねる町は、50年前はそれぞれが賑わいの中心だったのだろうということなのでしょう。
今年は町並の点では不満足なものになってしまいましたが、旅館はこれまでになく多く泊まれましたので、欠を補うことができたといえるでしょう。出張先でも旅館を絡められたのが良い成果にもつながったようです。

太泉八雲 11月26日(木) 16:42
井川辻は何度も訪れてはいましたが、こんな旅館があるとは知りませんでした。
グーグルアースで見ると、通りから引っ込んだ場所にあるのですね。
徳島は来年あたりに訪問予定なので、機会があれば宿泊したいと思います。

孫右衛門 11月26日(木) 20:02
私も町並として訪ねたのは10年以上前のことですがこの旅館の存在には気づきませんでした。
祖谷渓の出口にあたっていたところで名産の煙草がここに集まって川港もあったことから、昔は隣町の池田より賑やかな所だったそうです。
これは辻の町並からは吉野川の対岸に当たる箸蔵寺のロープウェイからの眺めです。
右奥が辻の町です。



太泉八雲 12月 1日(火) 21:31
26年ぶりに映像製作をはじめて、お恥ずかしい限りですが、いろいろ迷い悩みながらも少しづつ動画をアップしています。

動画の方向性、アプローチの仕方など、先人方達との差別化をはかる上でも実際に公開するまでに悩みましたが、原点を考え直しました。
(1)古い町並みの魅力を伝える
(2)日々失われつつある町並みを記録する。

で、やはり自分としては(1)に重点を置きたい。それが表現方法によって(2)に繋がるかな?と。

私が動画に足を踏み入れられたのは、不謹慎ですが事実コロナ渦のおかげによります。機会を得ました。時間を得ました。


しかし、一方で時間を手に入れても現地住民の方々の目は気になります。

早朝の薄暮の時間帯に撮影を行う理由は主に
(1)個人的にその時間帯が好き(幻想的)
(2)その時間帯で撮影して公開している方が少ない(ニッチ)
(3)観光客を含め人が少ない
(4)現地の住民の目線も少ない

というのがあり、可能な限り早朝もしくは夕方の撮影を行っています。


音楽に関しては、これは最も悩み、重要な課題です。万訪さんも同じく、曲探しに最も時間を割かれます。選んだ曲からのチョイスも動画編集時間を上回る時間を要する事もあります。


音楽サイトとしては、シネマチックやドキュメンタリー的な楽曲が得意な有料音楽サイトを使用しています。
ただこれも、BGMはできるだけ使用しない方向をめざしています。本来は生の自然な音を生かしたい。BGMはあくまで演出上の必要最低限なもの。


万訪さんとも頻繁にやりとりをしていますが、BGMに膨大な時間を割かれるよりは、「番組」と捉えれば、4〜5のテーマ曲を決めて使いまわした方が労力は抑えられますし、チャンネルの統一感も増します。実査テレビの番組はそうですからね。例えば「出川哲朗の充電させて下さい」とかNHKの「小さな旅」とか。

そう言う意味で、いろいろなチャンネルを見て勉強しながら、前に進んでいる現状です。

七ちょめ 12月 2日(水) 09:17
丁寧な説明おそれいります。有難うございました。
視聴するのは感心して眺めているのですが、その制作には大変な努力があるのですね。
まず、早朝暗いうちからの撮影、これだけでも簡単なようで大変な努力。私ももう15年も若ければ多分遣るでしょうが、今はそんな気力も無くなりました。
若いっていいなあ、と感嘆するばかりになりました。
音楽は有料サイトからのものですか。やはり ね。
私はなんやかんやで今では著作権フリーの500曲近くを保有するようになりましたが、それ相応の出費も致しました。最初の頃は適当と思って音楽を買っていましたが、今はそこそこ選びます。太泉八雲さんの音楽を一番の参考にして選んでいます。
でも、選曲が大変で最後は適当になってしまいます。
いろいろと考え方なども教えてもらい参考にします。有難うございました。
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