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2070: 今年のGWは四国の旅をしています
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太泉八雲 4月27日(土) 19:40
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今年のGWは休みがやっと確定できたので、前半、後半共に四国を回ります。 前半は徳島をメインに動画を撮影します。拠点は三好市の旧井川町辻にある「勇楼旅館」に連泊してベースキャンプにしています。30日は仕事なので、愛車を四国に置いて、新幹線で日帰りで戻ってきて、後半は愛媛を中心に最後は香川エリアを撮影して帰ってくる旅程です。
「勇楼旅館」は着くなり女将さんから七ちょめさんの名前と話が出て来て驚きました。また、その後孫右衛門さんのお名前も出て来ました。七ちょめさんと孫右衛門さんのおかげで古い旅館に誇りが持てて、さらに若い宿泊客が増えたそうです。 夕食の時もずっと七ちょめさんと孫右衛門さんのお話をされていましたよ。
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七ちょめ 4月27日(土) 21:38 勇楼旅館の女将が私のことを覚えていて、話が出てきたとは驚きです。 時々貴方の宿泊記事をみて、泊りに来られる方が居られます。有難うございましたと、2〜3年も経ってからお礼状や、年賀状を頂く旅館がありますが。
私は泊まるのを目的に訪ねているので、旅館内を失礼の無いように撮影し、女将とできるだけ話をするように心がけていましたが。
女将は毎日毎日お客の対応をされているので、普通は覚えて居られないのが当然と思いますが。まあ、「しつこく」旅館のことを聞いたので印象に残っているのかも知れませんね。
この連休、四国を探訪されるのですね。それも四国に車を置いて、日帰りで東京に戻る。考えてみると凄いことです。頑張って動画撮影をして下さい。 貴方のYouTubeは大体拝見しています。早朝暗いうちからの撮影には脱帽脱帽です。 でもいい映像を撮られるので見るのが楽しいです。 |
孫右衛門 4月28日(日) 17:05 私が泊ったのは4年ほど前ですが、その時も女将さんから七ちょめさんの話が出てきて驚いたのです。いらか組のことも随分仰っていましたので、掲示板などを通してよく情報を見られているのではと感じました。 私のことも覚えておられるようで、これはまた泊りに行かなくてはなりませんね。私の名前を出して頼めば最も古い商家部分の2階の部屋に泊らせてもらえるかもしれません。 我々のお蔭でお客が増えているというのは、少しでも貢献できているようで嬉しい事です。SNSを見ていても、古い旅館、伝統的な旅館に泊るのが好きな人は少なからずおり、また確実に増えているようです。週末などになるとかなりの投宿情報が流れてきます。そしてそれらの多くは私よりかなり若い20代や30代前半くらいと思える人です。 四国を徹底的に取材されるとのことで、成果多きことをお祈りします。 愛媛県や香川県は別の宿に泊られるのでしょうか。
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太泉八雲 4月28日(日) 20:33 宿の歴史や玄関が取って付けたような簡素な理由などいろいろお話を伺いました。 旧館の2階の七ちょめさんが泊まった部屋、新刊2階の大宴会場など案内してもらいました。
GW前半の出発は当初26日の夜の予定でした。が、現場が押しに押して終了したのが朝の3:30でした。車は旅行の準備満載で仕事場の近くに停めていたので、そのまま朝の4時に出発。まだGW渋滞はありませんでしたが、各地で事故渋滞に、徹夜明けなので、途中SAで3回ほど仮眠を入れて、夕方に徳島入りしました。
当初は早朝には四国入りして街並みを何ヵ所が撮影する予定でしたが、疲れたのでそのまま宿に入りました。当初は撮影行程の関係から素泊まりで予約していましたが、女将さんが夕食出せますよ。との言葉に甘えて夕食にアルコールを入れてバタンしました。 今朝は4時起床、宿を出て毎度の日の出、早朝の街並みを歩きました。
後半はGWの真っ只中。楽天やヤフー、じゃらんでも宿はほとんど有りませんでした。 後半は愛媛を回りますが、とりあえず最初の2日間は内子のAZホテルを2食付きで予約できました。3日・4日は現地の良さげな宿に飛び込みするか、車中泊です。
旧井川町の辻の街並みもだいぶ空き地が目立ってきました。最初にこの町に訪れたのが2008年でした。その後2015年くらいに再訪していますが、この「勇楼旅館」もすっかり通りから全景が見れるようになっていました。 |
太泉八雲 4月28日(日) 20:39 宿の手前の月極駐車場は映画館だったといいます。さらに宿の入口の東側は呉服商(現在は更地)だったというので、本当に奥ばった場所にあったようです。七ちょめさんのHPにあるように西側角と裏側にも門と入口があったそうですから、以前はそれでも官公庁学校、商工会議所、企業の利用で繁盛したようですね。 |
七ちょめ 4月29日(月) 10:41 ドローンによるこの角度からの勇楼の光景は初めて見ます。画像の右側のチョット外側で写って無い所が本来の旅館の入口だったところです。 大きな2階建ての建物二つが宿泊棟で、その奥の平屋の建物が家族が暮らす私的な部分でしょう。 庭の大きな貝塚伊吹も名物の一つですと女将の話。 |
太泉八雲 4月29日(月) 17:28 平屋の部分は厨房ですね。最盛期には100人もの宴会や法事に対応したそうです。 七ちょめさんのHPにもある右角の門の他に裏側にも大きな門があります。 かつては裏側に池の庭がありました。(現在水は抜いています) 左奥の茶色い二階建ての家が現在の母家です。かつては3連の土蔵がありました。建物の前の駐車スペースの部分に旅館の玄関である建物がありました。女将さんの高齢のご両親を車で通院させる為(もしくは救急車・介護車)玄関の建物を撤去してスロープにしました。 そのため今の三角屋根瓦の庇だけの玄関をつくりました。
スロープ下の旅館の駐車スペースにはかつて呉服商家がありましたが、火災で消失した為、旅館が土地を買い取り、奥へのアプローチにしたそうです。 |
七ちょめ 4月29日(月) 19:05 奥の平屋の部分は厨房でしたか。左上に写る大きな2階建ての建物が居住スペースでしたか。それは知りませんでした。居住スペースなどは私的な部分になるので、滅多に旅館の方に聞きませんので、居住スペースと思いました。 最も上空から見ることは無いので、気にも留めていませんでした。 |
太泉八雲 4月29日(月) 22:26 旅館業を引き継がない子供たちは今のライフスタイルの生活になりますね。学校を卒業して東京の大学に進学して、東京の会社に勤めて、帰省する。そういう事もあって、建物の意匠にもそれが現れていますね。とにかく女将さんは話し出したら止まりません。 |
七ちょめ 4月30日(火) 09:56 話は全く変わりますが、青森県八戸市の「新むつ旅館」さんが廃業されました。女将が亡くなったそうで、娘さんが手伝っていたので継がれるかと思いましたが、休業の時を経て廃業されたそうです。残念ですね。 誰か継ぐ方が居られないのかなあ。 |
孫右衛門 4月30日(火) 13:13 新むつ旅館は本当に残念な一報でした。亡くなられたのは3年位前だったと思います。口はお元気でしたが足腰が悪そうで、継ぐ方もいないとのことでしたので、心配はしていました。 建物だけでも自治体などに管理が移されて保たれれば良いのですが。 泊ったところで閉業されたのは、静岡県の松本屋旅館もありますね。カフェに再利用されているということですが、非常に不便なところにあるだけにこれも何時まで続くかというところです。 |
太泉八雲 5月 3日(金) 09:15 今回、愛媛の旅初日からの2日間は内子にある『ホテルAZ愛媛内子店』にお世話になりました。安くて安定したホスピタリティ。アパホテルよりネットも早い。 それに、今回はじめて知りましたが、内子の街並みのすぐ裏にあるのですね。早朝夜間の散策にも最適。駐車場も無料。また松山道のICが近くにあり、大洲や山間地域の大瀬などの散策の拠点としても最高でした。本当はもう少し連泊したかったのですが、GWの3・4日は満室でした。今日からは道の駅で車中泊です。 |
孫右衛門 5月 3日(金) 21:08 辰巳屋さん御用達のチェーンホテルですね。長らく個人の目的ではビジネスホテルに泊っていませんが、ホテルにも旅館にはないメリットがありますので。まずとにかく気軽な点。滞在中の自分の時間が自由に組立てられる(特に食事付きの旅館と比べて)。 目的や行程の都合などに応じて使い分けたいところではあります。 |
辰巳屋 5月 6日(月) 07:12 勇楼は、人気ですね。ビジネスホテルと食事料金を勘案すると料金的は同じですね。食事内容からいえば、勇楼が良いのかもしれません。三好地方には宿泊施設が少ない中、私も利用しようかなと思いました。 私が、四国八十八カ所巡りをしていた頃は、AZホテルはほとんど無い状態でしたが、今は多いようです。当時は、ビジネスホテルと遍路宿を利用していました。私の街並み巡りは、長期が多いので、どうしても低料金の宿泊施設を探しています。AZ内子は街並みに近いですね。いつか利用したいと思います。
四国は、あまり街並みの件数が少ないイメージがあります。いらか組メンバーも訪問箇所が心なしか少ないようです。私は、四国八十八カ所巡りを2回したのですが、街並みはあまり訪れていません。いつか、じっくりと訪問したいものです。
現在、徳島県について調べているところです。 これは、既にご存じのかもしれませんが、情報提供です。 徳島県のホームページに、「徳島のふるいまちなみ景観50選について」というのがあります。MAPもついています。
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孫右衛門 5月 6日(月) 15:41 有益な情報をありがとうございます。 徳島県の町並で、訪問済のものは今確認すると27ヶ所ですので、単純にあと23ヶ所は未訪問ということになります。見ると町並として訪ねるほどのものではない所もありそうですが、これで徳島県の訪問機会が出来そうです。 |
太泉八雲 5月 7日(火) 21:33 徳島県の古い街並み風景は、私のHPではすでに更新はされていませんが、過去のブログでいくつか紹介しています。特に剣山への街道、山道の道沿い特に奥まった谷口付近の町集落に見られますね。 |
辰巳屋 5月 8日(水) 16:40 太泉さんが、徳島の那賀町、勝浦町の土佐中街道と、徳島市、鳴門市などを、大雨(台風)に会いながら、酒蔵を中心に訪れたのは、20014年の8月のことでしたね。 私は、徳島県の那賀町あたりを訪れたいと思い、那賀町和無田、和食、阿南市山口、新野、酒蔵のあるところは、太泉さん情報として地図に付箋を貼って明記しています。 しっかり活用する予定です。 しかし、私は、徳島は比較的近くにあると思い訪問できず、今日に至っています。
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