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2093: 肥前の焼物の里
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辰巳屋 3月 7日(金) 15:37
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佐賀県と長崎県の県境あたりに焼き物の里はあります。昔は肥前国であり、伊万里、有田、波佐見あたりの焼き物の里は、隣の町という近さで集中しています。 江戸時代には、伊万里(大川内)と有田(内山など)は佐賀藩領、佐世保市(三川内)は平戸藩、波佐見は大村藩と別々の藩により管理されていました。 現代の焼物の名称は、伊万里焼、有田焼、三川内焼、波佐見焼などと呼ばれているようです。
鍋島藩の有田を中心として、有田焼に関しては有田の現在の赤絵町を中心とした「内山」、その周りを「外山」、さらに周りを「大外山」と呼んでいたようです。
有田の街並みといえば、この「有田内山」の街並みを指していることが多いのですが、有田内山の周辺には外山といわれる窯場がありました。今回は、外山と言われた、応法山、黒牟田山、広瀬山を訪問しました。
画像は、応法山です。ゆるやかな谷間に所々に煙突が建っています。
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辰巳屋 3月 7日(金) 15:39 画像は、黒牟田山です。古い街並みが、小さいものですが残っていました。
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辰巳屋 3月 7日(金) 15:43 画像は、波佐見町の三股郷です。波佐見の中では、古くから焼物の産地だったようです。後ろの山の白い処は、陶石が露出しているようです。
三股は、急斜面の細い谷ですが、江戸期には、焼物の里として栄えたようです。陶石が同じ場所にあり、傾斜が唐臼を使うのに便利がよかったみたいです。 三股の谷を降りた処に皿山役所があったようです。
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辰巳屋 3月 7日(金) 15:48 画像は、波佐見の永尾郷です。県道1号線から川沿いに山裾に入った所にありました。
もう少し事前学習をしておけば良かったと反省しています。 今度は、大外山も訪問したいと思っております。
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孫右衛門 3月 8日(土) 21:57 町並や集落と言う面でしか追って来なかった身からすると、単純にこの地域は焼物の産地が沢山あるなという感想しかないのですが、それらを系統的に追及して見ると、また違った見方も生まれて来るのでしょうね。 視点を少し変えるだけで、また訪ねるきっかけが生れるものです。 これは、2018年に訪ねた三川内の風景です。 |
辰巳屋 3月 9日(日) 17:54 窯元の里は、街並みや集落というのとは異なっているかも知れません。どちらかというと、伝統産業の街並みになると思います。有田内山とは違った雰囲気になります。
大川内山、三川内山、中尾郷は、窯元の集中度が高いため、独立して紹介されることが多いようです。 時間的余裕があれば、訪ねてみてください。
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