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1998: 雑賀崎・田之浦 万訪 11月23日(火) 14:51
今日は。今日は出張のため和歌山に来ています。明日早い時間にお客様のところへ行くため前日入り、それが休日となれば、ついでに集落町並みを歩こうかということで、雑賀崎と田之浦の動画撮影をしています。改めて大変な急傾斜地上の密集系漁村の圧倒されています。道は縦横同じように張り巡らされているので、完全に迷路ですね。いやはや疲れました。
新和歌浦まで歩いてバスに乗って中心部へ帰ります。




七ちょめ 11月23日(火) 18:40
和歌山市の雑賀崎ですか。活気ある漁港と漁村ですね。
熱くなく寒くなく探訪にはよい季節です。

私、昨年1月の終わりころ、コロナがやいやい言われる前にここを動画撮影に訪ねた時、この漁港で交通事故を起こし、いや、起こされたのです。
右折時に後ろから来た車に当てられたのです。取り調べの若い警察官に免許返納をシツコク云われました。
右ドアから右正面にかけて大きく破損しました。
それからの運転は随分慎重になりました。来年の今頃に免許を返納しようと考えています。
(前の更新時に返納を考えていましたが、或る事情が発生して返納を3年遅らせたのです。)
万訪 11月24日(水) 02:33
なんと七ちょめさんの免許返納へのキッカケになった場所だったんですね。

七ちょめ 11月24日(水) 08:57
以前訪ねた時よりも木造家屋が少なくなりました。
活気ある漁村ですので、建て替えが進んでいるのでしょうね。

孫右衛門 11月24日(水) 09:13
私はここはバスに乗って訪ねました。丘の上のバス停から集落を下っていく形で、少し変ったアプローチでした。
来月に芸予諸島を訪ねられるという予定、また日程等を教えてください。
但し繁忙期に差し掛かって休みが少なくなっているので、ご一緒できるとしても1日になるかと思いますが。

万訪 11月24日(水) 18:38
私も今回はバスで訪ねました。結構頻繁のバスが出ており、かつ和歌山城バス停前に宿があったもので大変便利でした。今日は和歌山で仕事の後、単に帰るのはつまらないので、特急くろしお→特急南紀→新幹線で帰っています。今、南紀の車内から書き込んでいます。
孫右衛門さん、年末の計画表をメールしました。ご都合良いところがあれば、ご一緒できれば幸いです。

孫右衛門 11月24日(水) 22:25
了解しました。メール受信確認しました。
明日にも返信しますので、詰めましょう。
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1997: 別府・山田別荘と国東半島 孫右衛門 11月20日(土) 13:22
世間では週明け月曜を休み4連休という方もあるようですが私は暦通りです。
先週末のことですが大分県を訪ねました。
今回もどちらかというと旅館に重点を置いたもので、昭和初期の別荘建築を利用し戦後旅館として営業を開始した「山田別荘」に泊りました。別府の市街中心と言っていい場所ですが繁華街とは反対の方向で、静かなエリアに格式を感じる佇まいを見せていました。
玄関右の洋風な部分は、別荘時代応接室として使われていたといいます。

孫右衛門 11月20日(土) 13:27
半地下にある浴室も年季が入り風情を感じるものでした。もちろん湯は24時間常時投入されています。
これとは別に貸切の露天風呂があり、内風呂と合せ計4回入浴し満足しました。

孫右衛門 11月20日(土) 13:30
本館と別館があり、これは本館2階の客室です。私は別館のこれよりシンプルな部屋でした。部屋にTVを備えないのもこの旅館の方針のようで、その分宿への滞在感を強く感じることができ、またくつろげました。

七ちょめ 11月20日(土) 18:30
別府温泉は「山田別荘」の宿泊でしたか。ツイッターで拝見していました。
私も宿泊候補にに揚げましたが、創業の点で別府鉄輪温泉の温泉閣というお寺の宿坊から出発した旅館に泊まりました。
一人で泊り、テレビが無いと案外することが無くて、私は何時も早く寝てしまいました。
夕食はあったのですか。

孫右衛門 11月20日(土) 19:23
食事は朝食のみでした。
チェックイン時間早々に到着し露天風呂に入りしばらく部屋でくつろいだ後、町の散策に出ました。良さそうな店探しを兼ねて小一時間ほど歩き入った店は当りでした。関サバのしめ鯖ととり天を堪能しました。
温泉街の風情というとやはり鉄輪が良いですね。七ちょめさんが泊られた宿や、貸間と呼ばれる昔ながらの部屋のみの宿も沢山ありますので、今後も訪ねることはあるでしょう。
これは、海岸部に近い別府タワーと旅館群です。この辺りの宿はビル型の大型旅館ですが、そろそろ昭和レトロ的な風情を発しはじめているように感じます。

孫右衛門 11月20日(土) 20:11
町並は国東半島を中心に、山香、武蔵、国東、真玉、そして宇佐市四日市と中津市今津と訪ねました。
あと杵築の町並は訪ねていなかった地区を含め再訪しました。城址も訪ねました。
北台の武家屋敷街を台地沿いに西に向うと、商家の連なる意外な町並が展開していました。
これは辰巳屋さん情報で訪ねました。

辰巳屋 11月21日(日) 13:21
私の情報で行かれたのですか。小さな街並みが多くて申し訳ないですね。宇佐市の四日市はあまり知られていないと思います。東西の本願寺別院があり、その参道沿いに料亭があった記憶があります。
杵築は、酢屋の坂などの高低差のある景観が人気ですが、西新町も魅力的な景観があります。高低差もあり、古い建物も残り、坂を登った所には遊郭だった建物も残っています。
画像は、西新町を降りる富坂の下からの画像です。

ゆっくりと別府で湯治なんかをしながら街並みめぐりをしたいものです。

孫右衛門 11月21日(日) 20:30
九州は辰巳屋さん情報が豊富なので心強いです。宇佐市四日市は思わぬ展開でしたね。宇佐はどこが市街中心なのか、今一つ判らなくなりました。
辰巳屋さん情報ではないところでは、国東半島南東部の武蔵古市の町並がありました。今は国道沿いに新しい賑わいが移って、どうも活気に乏しく探訪していてもやや冴えない気分でしたが、商店が連なっている様子は想像できる家並でした。
別府は観光地的なところだけでなく長逗留にも適したところがたくさんあるので時期が来ればそんな滞在もしてみたいものです。
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1995: 赤穂御崎の朝日 七ちょめ 11月 9日(火) 09:06
先日泊った赤穂御崎の旅館の泊まった部屋から見た朝日です。
僅かな時間でしたが綺麗でした。

万訪 11月17日(水) 23:32
七ちょめさんこんにちは。見事な夕焼けですね。
i60-43-49-30.s30.a048.ap.plala.or.jp
1996: 天空の集落 辰巳屋 11月17日(水) 19:03
岡山県高梁市布賀に行きました。成羽川中流域にあり、布賀(黒鳥)は街並みとしては、黒鳥又は長屋、布賀・長屋などという名称で紹介されています。住居表示でいくと、布賀と長屋の隣接区域で一帯として街並みを形成しています。どちらかというと長屋地区は黒鳥商店街があり商業地域、布賀地区は備中地域局や旧陣屋もあり行政区域となっているようです。近くのダムは黒鳥ダム、地元小学校は、旧村名を引き継いだ富家小学校となっています。

画像は、布賀の街並みです。


辰巳屋 11月17日(水) 19:04
今回は、その布賀の高原地域からの景観を紹介します。成羽川河岸の布賀の街並みからつづら折りになっている坂道を登ると布賀の高原地帯に到達します。一帯はカルスト台地になっており、成羽川により大きく浸食されているため、高低差のある美しい景観を作っています。
画像は、布賀の大原から望んだ成羽川の対岸の集落です。
右も左も手前も絶壁であり、その地形の上に浮かび上がるように集落があります。当日の天気は曇りがちでしたので晴天であればもっと良い画像になっていたかもしれません。また、この地方は、雲海が良くでる地域と聞きますので、雲海が出れば、天空の城ならぬ、天空の集落となるでしょう。

七ちょめ 11月17日(水) 19:45
辰巳屋さんの訪ねられるところはマニアック過ぎて、知らないところばかりと思っていましたが、この布賀や長屋の名前を見て、確か訪ねたことがあると思い、自分のホームページを見ると訪ねていました。
谷間集落は成羽川沿いの集落と、急坂を登れば高原集落が混在している変わった地域でしたね。
昔、谷間集落の小学校から、高原集落の小学校に転勤になった教師が、余りの急坂を毎日登り降りするのが苦痛で、辞職したのでその坂を辞職坂と名付けられた坂道があったとか。
良くこんなところに集落がと思えるところに集落がありびっくりするとことですね。

今日は温かく天気が良いので、岐阜県の大垣市赤坂と羽島市の竹鼻を訪ねてきました。
車で行けば近くで簡単に行けますが、電車で行ったもので、30分待って20分電車に乗りというように、能率の悪い探訪でした。

でも、年寄りは車に乗るなと家内のキツイ言葉で、電車で動いています。

万訪 11月17日(水) 23:30
おおっ!懐かしい風景です。カルスト地形の天界の村。布賀台から中村台を見ているのでしょうか。互いに1kmくらいしか離れていませんが、行こうと思うと400mの絶壁の谷を下って上らねばなりません。私が行ったのは2006年で、その時は茅葺き民家も見られましたが、もうなくなっちゃったのかな。中央構造線伝いの天界の村の動画撮影も先々週、西端の熊本まで終えましたので、次は中国山地になります。ここは、今のところ2023年11月を予定しています。雲海の時期に空撮を撮りたいものです。
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1994: チョット動き出したかな 七ちょめ 11月 8日(月) 10:17
辞めたといっている私が投稿して申し訳ないです。

一枚目は赤穂城下町の町並です。
10月末に、家内と一緒に赤穂を訪ねてノンビリ一泊してきました。一緒に動くのは約2年ぶりでした。
2枚目は福井県の今庄の京藤甚五郎家です。11月6日に今庄と武生を訪ねて動画撮影してきました。
何とか行動をしていますが、老化はどうしようもなく、改めて「いらかぐみ」の皆様と共に行動するのは無理と判断しました。
でも、ゆっくり、ノンビリなら行動できますので、これからも訪ねたところの詰まらない投稿は続けたく思います。お許しください。

とは言え今庄・武生で一日16,000歩と歩数計は出ていました。


孫右衛門 11月 9日(火) 10:15
今庄のこの旧家は再活用されているようですね。今庄は三回は訪ねていますが、一番印象に残っているのは最初に訪ねた時の晩秋の雨の夕方での寂しくも重厚な町並風景です。重伝建地区にもなって、注目度も高まっていることでしょう。

関西圏でのオフ会や集まりがあれば、お会いしたいものです。

七ちょめ 11月 9日(火) 11:33
https://www.youtube.com/watch?v=hQm59ZznuKI
今庄の動画(YouTube)をUPしました。
確か誰でも見られると思います。只チャンネル登録したり、評価するのはYouTubeに登録していなくては出来ないとおもいます。

辰巳屋 11月11日(木) 14:18
今庄は、私も昨年訪問しました。
こじんまりしていて、しかも濃厚な街並みが続いていましたね。
京藤甚五郎家のうだつは、うだつの部分が強調されていて独特の形で迫ってくるものがあります。
1日、1万6千歩は素晴らしい。
120050197253.mcat.ne.jp
1993: チョット動き出したかな 七ちょめ 11月 8日(月) 10:03
赤穂城下町の町並
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1992: 続大山道 辰巳屋 11月 7日(日) 06:30
大山の麓の大山道の宿場を訪問しました。

画像は、鈑戸(たたらど)です。大山道のうち坊領道にあります。
この坊領道には、所子、坊領を既に訪問していますが、今回は、今在家と鈑戸を訪問しました。
坊領道は、現在の県道33号線に沿っています。県道33号線からみると鈑戸集落は森にさえぎられ、集落がなかなか見つかりません。鈑戸山の麓の谷沿いの細長い集落です。
昔、鈩で栄えた集落なのでしょう。
この鈑戸には、王身代(おうしんだい)家という旧家があります。後醍醐天皇が隠岐の島から上陸したとき、影武者のように警固に当たった武士(糟谷(かすや)九郎左衛門)が賜った姓のようです。地元の人によるといざというとき王の身代わりになる役割というお話でした。なるほどと頷く苗字です。
また、この鈑戸集落には両墓制の風習があり、土葬とは別の場所にお墓を建てるという風習があるようです。

辰巳屋 11月 7日(日) 06:31
画像は、赤松です。
大山道のうち、尾高道の宿場です。大きな集落で、長い塀のある家がありました。
鳥取県は、街並みが少ないと思っていましたが、こうしてみると自然のまま残っている街並みが多いように思われます。

辰巳屋 11月 7日(日) 06:31
画像は、栃原です。大山道のうち溝口道に属すると思われます。大山のなだらかな麓の段丘に位置しています。

孫右衛門 11月 7日(日) 22:03
尾高・赤松という地名を聞いて、前者は町並として訪ねていますし、後者は業務の関係上何度か目にした地名です。訪ねてみたいですね。
鈑戸という集落の風景は、重伝建地区になった大山町所子集落にも通じる雰囲気を感じます。
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1990: 岡山の大山道 辰巳屋 10月22日(金) 10:08
非常事態宣言も解除され、少しずつ日常を取り戻しています。
8月に体調を壊し、元気を取り戻すため、近くの街並みを訪問しています。
先週は、以前廻ったことがある鳥取の「大山道(大山往来)」、これが岡山県南部まであると言うので、訪問しました。岡山県には、郷原や延助という有名な大山道(横手道、出雲街道ともいわれている)に宿場があるのですが、それから南に西国街道(山陽道)までの間に大山道があるというので、訪れました。
西国街道の備中一の宮あたりからわかれ、足守から郷原に到るまでの間です。南から、(足守)、大井、西山内・広石、東山内・福谷(以上岡山市北区)、加茂市場、下土井、井原、新山(以上吉備中央町)、(鹿田)、落合、久世、三坂、(釘抜小川)、(土居)、(藤森)、(郷原)以上真庭市)までです。( )は、今回は未訪です。

小さな街並みが多いです。街村集落といった方が適当な所もあります。しかし大山道として栄えた痕跡は見つけられたように思います。

画像は、井原です。吉備中央町井原にあり、八幡宮の登リ口からの景観です。小さな街並みですが、道筋もはっきりしており、古い建物も点在しています。

辰巳屋 10月22日(金) 10:09
画像は、尾原(新山)です。吉備中央町尾原の新山にあり、街並みは新山(にいやま)と呼ばれているようです。

Yasuko 10月24日(日) 13:09
岡山に住んでいながら、知りませんでした。そのような見方でみると、なるほどなと改めて思います。体調がすぐれなかったご様子、町並みに行こうかと思えるようなら大丈夫。
今頃が一番良い気候ですね。みんでもいいので、ミニオフ会ができたらいいですね。

辰巳屋 10月28日(木) 07:06
大山道を引き続き訪れています。10月24日から27日まで、大山周辺に主に大山道を中心に旅行していました。前回の続きです。

岡山の大山道は、三阪(真庭市)からは山越えになりますが、現在は車では通行できません。釘抜小川までは、国道313号線で勝山から北上し、湯原温泉の手前から県道326号線に入ります。
釘抜は、かつては宿場であったと思われる集落でした。集落のメイン道路の両側には大きな民家が多く、建物が無くなった場所も多く見かけられます。
画像は、釘抜です。

辰巳屋 10月28日(木) 07:07
画像は、藤森です。
藤森は、街並みとしては、小さなものでしたが、かつては宿場があった雰囲気があります。たびたび大火に見舞われ、古い建物はありません。ポツン、ポツンと建物が残っています。
幹線道路からも大きく外れ、ひっそりとした佇まいでした。

Yasuko 10月28日(木) 14:32
とっても、面白い企画だと思います。岡山県を北上する道はいろいろなルートがありますが、大山道ははじめて知りました。

孫右衛門 10月28日(木) 22:20
辰巳屋さんのこのような視点での探訪は独特ですね。郷原・信助以南にもずっと続いているとは知りませんでした。私も時間をかけて近場をじっくり訪ねたいのところは山々なのですが、さあようやくというこの時分に上手くいかないもので、今年は早くも1-3月並の多忙さになっています。
年内のなるべく早い時期にもう一度1泊の探訪くらいはと思っています。

辰巳屋 10月29日(金) 13:05
岡山県の街並みは、ほとんど知っていると思っていましたが、まだまだ見つかりそうです。大きな町は無いようですが、小さな街並みや特色ある集落は隠れているかもしれません。
コロナで外出ができない時期に、昔の街道を調べ、未訪門の場所を確認していましたら、大山道(大山往来)が出て来たわけです。

大山道は、今回のルートは主要ルートであり、他にも高梁を起点としたルートや津山からのルートもあるようです。大山に通じていれば、すべて大山道と総称しているようです。
今回、訪問した街並みで、掲載していない街並みを紹介しておきます。

画像は、広石(岡山市北区西山内)です。
古い建物はありませんが、民家が密集していて、街道集落なのでしょうか宿場だったのでしょうか。

辰巳屋 10月29日(金) 13:07
画像は、下土井(吉備中央町下土井)です。
旅館のような建物や料理屋の建物があります。ただし、この場面だけの街並みです。以前は、長い街並みがあったのかも知れませんが、今は小さな街並みで続いていません.

万訪 11月 4日(木) 19:20
辰巳屋さんの着眼点はいつも新鮮ですね。そして新たな町並みが見出される、素晴らしいです!
私はここ10年?でしょうか、いわゆる町並みとは違うジャンルの集落系ばかり歩いていますが、こうしてみると、改めて町並みが新鮮に思います。いいですね。

太泉八雲 11月 5日(金) 21:38
私も以前は街道ローラー作戦をやっていましたが、まだまだ知らない街道や往還が沢山あります。中国地方は特に陰陽縦貫連絡や横を横断する「道」が沢山残されています。
それを発掘していくのは、やはり地元に拠点を置く方々を頼るしかありませんが、これが「いらかぐみ」を続けていく意義、ネットワークだと思います。
120.52.232.153.ap.dti.ne.jp
1991: 宇都宮の大谷石造り集落 太泉八雲 10月31日(日) 11:32
私も近況です。
非常事態宣言も解除されましたが、仕事が忙しくなかなか連休も取れずに、YouTube動画の更新も止まっています。
この間の茨城県の「真壁」に続いて、また日帰りに近い関東近県の町並みを撮影してきました。
今回は宇都宮の大谷石造り集落です。
大谷石の集落は「徳次郎町西根集落」が有名ですが、今回はその他の集落に行ってきました。

一つは土蔵が見事に連なる小さな街村集落「芦沼」です。

太泉八雲 10月31日(日) 11:33
もう一つは道の両側に水路が流れ、川のせせらぎが響く宿場街のような「上田集落」です。
来週までに、西根も含めた動画をアップする予定です。

Yasuko 10月31日(日) 22:42
アップされたら、スマホにお知らせが、入るのでお待ちしております。ゆったりと時が流れる映像が好きです。それに最後のグーグルで、場所が出るので助かります。

辰巳屋 11月 2日(火) 14:42
大谷石の芦沼の集落、いいですね。蔵がすべて大谷石でしかも通りになっているのは珍しいですね。
宇都宮市を訪れた時、集落を横目で見ていたら、いろいろな場所で大谷石を使った蔵をみました。時間の関係で詳しく見れませんでしたが、ゆっくり見たいものです。

宇都宮市には、「宇都宮市まちづくり景観賞」というのがあり、この芦沼も、第17回(平成27年度)に受賞していますね。この「宇都宮市まちづくり景観賞」を年度ごとに見ると、大谷石を使った建築物や集落があり、もっともっとあるのではないかと思ってしまいます。

孫右衛門 11月 3日(水) 20:28
芦沼集落の1枚目の写真、全てが大谷石で圧巻です。宇都宮付近のみならず、北関東の多くの町で大谷石の蔵を見るので、その埋蔵量たるや相当なものなのでしょうが、西根集落をはじめとした中心部では住宅にまで使われているので驚きですね。

北陸のしゃく谷石でしたか、あれも同じような風合いですが、見られる範囲は狭いですね。

この良い気候の時期、それもようやくほぼ自由に探訪できる状況に戻ってきているのにめぐり合わせ悪く多忙なのは何ともですね。私も同様ですが、来週末には別府温泉にあるもと別荘の建物を利用しているという旅館を押えています。それに向けて業務の段取りを今から考えています。
今度はもう少し旅館への滞在を多くとりたいと思っています。

太泉八雲 11月 3日(水) 20:45
辰巳屋さん
さすがです「宇都宮市まちづくり景観賞」から辿られましたか。たまたま文献からたどり着いて、動画の概要欄をまとめる際の調べて知りました。

世の中少し落ち着いて、旅も少し気が楽になりましたが、日照時間が短くなり、かつ太陽の日差しも低くなりコントラストの高い景観が撮影に難儀する季節になってしまいました。

動画撮影では1日の撮影箇所がどうしても限定されてしまいます。
ある程度撮り貯めましたら、私も旅館に滞在して動画編集に打ち込みたいと思います。


取り急ぎ、宇都宮周辺の大谷石造り集落の動画『大谷石の里』を限定公開しました。

https://youtu.be/J4uOkX8_v8k

万訪 11月 4日(木) 19:03
今、熊本県八代市和泉町(旧泉村)五家荘葉木に居ります。「天界の村」の西日本縦断の旅の西の端。この村に来たのは26年ぶり3回目です。集落より紅葉が素晴らしい!
大谷石蔵の集落、芦沼と上田は初耳です。ですが、町並みは西根に匹敵していますね。早速行きたいと思ってます!
pw126157152103.30.panda-world.ne.jp
1989: 田沢温泉「ますや旅館」に泊る探訪 孫右衛門 10月11日(月) 19:51
信州田沢温泉の「ますや旅館」への宿泊を中心とした探訪を、この土日に駆け足で行いました。
この旅館は2014年の町並探訪で田沢温泉を訪ねた際、非常に感銘を受けいつかは泊ってみたいと思い続けていました。七ちょめさんなどの宿泊記を見ながらその思いを強くし、今回念願叶ったわけです。
実際建物内を見ると、複数の木造多層階の旅館棟を維持するのは並大抵でなく、メンテナンスする部分を限定して何とかされているように見受けられました。それをカバーしているのがご主人の奮闘ぶりと思いました。特に料理が素晴らしかったですね。一つ一つにこだわりが感じられ、地酒も和食居酒屋並に多数そろえられている。
ご主人より色々苦労話その他も聞くことが出来、かなり印象度の高い宿泊となりました。

孫右衛門 10月11日(月) 20:00
以前のように町並を探訪するだけでしたら2日でも十分ですが、旅館へ重心を傾けるためには早く到着しなくてはなりませんし、探訪の工程もそれに従わせたものに工夫する必要があります。
木曽福島を起点に、ほぼ机上の計算通りの行程で辿りましたが、やはり以前の町並行脚状態の探訪は味気ないと感じるようになり、途中で少しばかり観光要素を加えました。

町並は木曽路の未訪問の街道集落数箇所と、上田市周辺、茅野から伊那市にかけての街道集落や市街地の町並を訪ねました。
これは木祖村藪原(旧中山道の宿駅)の風景で、水場のある風景が貴重で撮影していると地元の方がここの家々はどこも山から水を池に引いているといい、思いがけず御宅内に案内してもらいました。


七ちょめ 10月11日(月) 21:40
いらかぐみを辞めたと云っている私が最初にレスするのも気が引けますが。
田沢温泉の「ますや旅館」に泊まられたのですね。大変大きな旅館ですが、家族3人での営業のようですね。ホームページに何時も従業員募集と揚がっていました。
私が泊る前には、太泉八雲さんも泊まられていました。多分太泉八雲さんも、孫右衛門さんも新館の503号室か504号室に泊まられたと思います。
実際稼働している客室は、東館の2室と新館の3室程度ですので。
新館と云っても大正期に建てられたものですのでそれだけでも立派なものです。
大きな本館の一部が食事室になっていて、西館は全く整備もされてない様です。
登録文化財に指定されている棟は6棟か7棟在るはずですが。
精いっぱいのサービスに徹しておられるのは感じますね。
機会があれば再度訪ねたい旅館の一つです。

孫右衛門 10月12日(火) 07:49
掲示板にはぜひ変わらずお越しください。
私はなるだけ古い部屋をと希望していましたので、泊ったのは本館の2間続きの角部屋でした。七ちょめさんや太泉八雲さんが泊られた「藤村の間」は先客がいるようでした。
相当な大型旅館ですが、さすがに個人で維持するのは大変とご主人はおっしゃっていました。お客を入れる部屋、メンテナンスする部分を限定し、何とか続けられている印象でした。
複数の棟の配置、浴室への廊下など不思議な構造が多く、ご主人の説明を受けて初めて理解できました。
料理も温泉も良く、満足の宿泊でした。

孫右衛門 10月12日(火) 07:50
写真を添付しようとして投稿ボタンを押してしまいました。新館に向う階段です。この付近の風情は良いですね。

七ちょめ 10月12日(火) 18:25
この階段部分は良いですね。
私の経験では旅館に重点を置いた探訪では、少しでもその旅館の情報や写真を得ようとしますので、チェックインは午後3時から4時まで、チェックアウトは午前9時から10時になってしまいますので、日中の行動が少なるなるのが最大の欠点でした。
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