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1839: ここはどこでしょう 万訪 12月 7日(金) 08:15
このところ超忙しく、投稿できずすいません。
昨夜遅くこの街に入りました。午後には別の街へ移動です。
さて、ここはどこでしょう。

七ちょめ 12月 7日(金) 09:05
忙しいのは良いことか、そうでないのかは当人の取り方次第。でも忙しいのは精神的にはしんどいですね。
丸Sのマークの建物。どこかのランドマークでしょうが、私には判りません。

万訪 12月 7日(金) 17:04
もう少し皆さんの反応を楽しみにしたいと思います。
今日午後はここに居りました。しかし寒いですね。

Kさん 12月 7日(金) 19:57
「かんてきや要」という店に似ています。

七ちょめ 12月 7日(金) 21:01
Kさん、凄い、流石、大阪市内中心部なんですね。

万訪 12月 7日(金) 21:29
Kさん大当たりです。すかさずスケッチが出てくるのもまたあっぱれです。御堂筋から東へ一本入ったところ。ビル街の真っ只中に古い町家が残っているというのは大阪の凄いところですね。
先程、家に戻りました。

孫右衛門 12月 7日(金) 21:53
1枚目は・・昨日いらっしゃっていたのですか?

Kさん 12月 8日(土) 07:03
「かんてきや要」では2度ばかり食事をしたことがあります。ずいぶん前に、同じ家を裏側の駐車場から描いた絵もありました。

万訪 12月 8日(土) 11:14
1枚目は孫右衛門さんしかわからないでしょうね。広島駅西の大須賀町でした。最終便で入って、同僚と大須賀町でサクッと飲んで、翌日宮島口の資材置場で用を済ませて大阪へ移動、御堂筋の現場を検査して東京に戻りました。寒いしくたびれてるしで、どこも歩く気が起きなかったです。あーあ、今年も終わってしまいますね。
i60-43-49-30.s30.a048.ap.plala.or.jp
1838: 大分の街並み 辰巳屋 12月 2日(日) 09:05
報告が遅くなりました。今回、福岡・大分の訪問地は次のとおりです。
福岡県の田川市栄町、嘉麻市の嘉麻、千手、添田町の英彦山、大分県は、中津市の山国、宇佐市の四日市、宇佐神宮門前、長洲、豊後高田市の昭和の街並み、真玉、国東市鶴川、杵築西新町、安心院、別府(梅園通り・桜町通リ・楠湯通り・西法寺通りなど)、大分市の野津原、今市、豊後大野市の大野、緒方、清川、臼杵市の野津市です

画像は、杵築西新町です。八坂神社の門前と思われる街に遊郭建築が残っていました。近くには、札の辻と呼ばれる所もあり、往時は人の集まる場所であったと思われます。また、近くの富坂にも料理屋などの建物も残っていました。

杵築といえば、北台、南台の武家屋敷、その谷間の商人の町、それを結ぶ、酢屋の坂・志保屋の坂などが有名です。武家屋敷も商人の町も修景が進み、着物の似合うまちとして観光地となっています。無料駐車場も整備され、外国人の姿も多く見受けられました。別府を中心とする広域観光ルートになっていると思われます。
しかし、西新町については、観光地化されていなくて、古い街並みが残っているように思いました。

辰巳屋 12月 2日(日) 09:06
画像は、富坂を登った所(札の辻付近)です。

辰巳屋 12月 2日(日) 09:13
宇佐市四日市は、東本願寺別院と西本願寺別院を中心とした町で陣屋もあった町のようです。東本願寺別院の参道沿いには、料亭・旅館と思われる建物がありました。


孫右衛門 12月 2日(日) 17:43
大分県で辰巳屋さんの訪ねたところは、私が先日訪ねた地域とは重なっていませんね。訪ねていないところも多くあります。国東半島も今回パスしましたし、行くところはなくなりませんね。
杵築は保存地区になって観光客も増えている様子ですが、谷間の町人町の部分が道路拡幅されたことで随分残念に感じていました。でも投稿された辺りは比較的そのままな感じですね。

辰巳屋 12月 3日(月) 05:51
富坂は、坂の下の方は商人の町となるため修景されていますが、上になるほど修景されていません。
画像は、富坂を上から撮ったものです。

辰巳屋 12月 3日(月) 05:52
谷間の商人の町は、ほぼ完全に修景されています。お城付近の本町は昔のままでした。
がぞうは、商人の町です。
120050197009.mcat.ne.jp
1837: 彦根市河原町芹町重伝建 Kさん 11月28日(水) 21:08
皆さんの探訪記を楽しく拝見しています。

私はほとんど動いていませんが、先日、滋賀県の彦根へ行ってきました。彦根城のほか、重伝建に選定された河原町芹町地区でスケッチしてきました。昨年、七ちょめさんが泊まられた「とばや」旅館の前をもう少し南へ行ったところにある出口酒店付近の路地です。絵の右側の土蔵群が出口酒店で、昔は「布市」という布を扱う彦根藩の御用商人で、その後、造り酒屋もやっていた老舗だそうです。日曜日で店は休みでしたが、たまたまご主人が出てこられ、しばらく話しました。

Kさん 11月28日(水) 21:14
左側のうだつを上げた家とその横の路地が面白くて、この場所を選びました。

万訪 11月29日(木) 08:55
この斜めうだつと路地覚えてます。蔵が並んでていい感じですね。
しばらく何処へも行けてません。どっか行きたい!

七ちょめ 11月29日(木) 10:00
彦根市の河原町・芹町は何回も訪ねていますが、この建物は知らないな!!と思いながら自分の写した写真を探していると見つけました。この辺りの町並が一番良いので、個々の建物じゃなく、町並としての撮影でしたので、卯建があるのも気付いてないようでした。

孫右衛門 11月29日(木) 22:20
彦根は魅力的な町で、学生時代にも何度か行きました。その後の町並探訪では午後早めに到着してレンタサイクルで存分に回りました。ちょうど桜が見頃で、お堀は花筏でしたね。
芹町の重伝建にという話題になると、どうしても南側の七曲り仏具屋街の方が町並らしいのに、とつい思ってしまいます。しかし、最近は歯抜けになっているという情報も聞いたように思います。近接して古い町並が残るのに、片や保存される地区とそのまま無くなる地区、見た目の町並度だけではなく何かが違ったのでしょうね。
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1836: 津久見市保戸島などを訪ねました 孫右衛門 11月25日(日) 09:50
23・24日で大分県を探訪しました。中でも万訪さんをはじめお勧めの保戸島に4時間滞在し集落の隅々まで歩きました。
典型的な密集漁村集落ですが、建物がほぼRC造3階で占められているというのはやはり他では見ることができません。人によってはエーゲ海などの島をイメージされるようですね。古いという点ではちょっと違うのかもしれませんが
いたるところ猫だらけで、外来者のない島特有の看板のない商店、坂と階段ばかりで荷物を運ぶのは押し車でもなく背負い籠などと、色々発見することも多かったです。
姫島を入れるか迷っていましたが今ひとつといわれていましたし、移動距離が長くなって効率が悪くなりますので、中南部のみとしました。そのため車を使わずとも行程が組め、楽に往来できました。
他に津久見市の市街地、佐賀関、大分市西大分駅前界隈、別府市浜脇、鉄輪温泉、別府駅東側〜南側界隈などを歩きました。

七ちょめ 11月25日(日) 10:19
天気が良かったようですね。良かった、よかった。
保戸島 エーゲ海の島の感じ ホントにそのように見えます。
車でなくどうして佐賀関まで行かれたのかな。

私は同じ様な時間に東北に行っていましたが、太平洋側に来ると天気が良いのに、奥羽山脈の西側は雨か雪でした。山一つ越えると天気がこうも変わるのかと思いました。

孫右衛門 11月25日(日) 14:33
天気は良かったですが、風と波が強く保戸島への船は島に近づくと横波を受けました。半島の先にあるように見えますが海域的には豊後水道に出ていますのでね。
なかなか写真では伝わりにくい集落です。足を向けるのが一番という典型です。

佐賀関は幸崎駅から比較的便数多くバスが出ていまして20分弱で到着できます。

孫右衛門 11月25日(日) 14:40
路地は平地部の一部以外は人がすれ違うのがやっとの幅しかなく、いつの間にか行き止まりになったりして引き返すこともしばしばでした。
このような建物もありますが、ほとんどRC造です。どうやって鉄筋等の資材を運び上げたのか不思議です。

孫右衛門 11月25日(日) 16:03
当日、保戸島には私のほかにも外来者が見られましたがまだまだ外向きになっておらず、店舗に看板はありませんでした。左側が雑貨店と煙草店、右が酒屋で、これでもちょっとした商店街のようになっています。少しはなれたところに一番大きいスーパーマーケット風の店(但しこれも看板なし)がありました。歩いているうちに他にも商品を置いた御宅があり、店の数は少なくないと思いました。

辰巳屋 11月27日(火) 06:40
保戸島へは、行ってみたいですね。そうとうな密集集落でおもしろそうですね。

私は、今年、8月に保戸島の対岸の津久見市四浦の間元という所に行きました。本当に、保戸島へ渡って行けそうな、すぐそばでした。

画像は、間元からの保戸島です。
実は、私も先週大分を訪問していました。整理できたら報告します。

孫右衛門 11月27日(火) 07:43
辰巳屋さんも大分を再訪されていたのですか。保戸島は半島先端からすぐ近くなのに、アプローチできないのが不思議で、現地で聞こうと思っていましたが忘れてしまいました。
これは佐賀関の町並です。小さい頃親戚が一時住んでいて何度か訪ねたようですが記憶にありません。町並としては良かったです。この付近は町並目的で何度か訪ねており臼杵などは2度も訪ねているのにスルーでした。

万訪 11月27日(火) 09:22
孫さん、行ったんですね!あの集落は後で調べてみると情報が全くなかったわけではないですが、行ってびっくり系です。
橋がないのは離島で無くなるからだと思います。補助金が出ないとか。

万訪 11月27日(火) 09:24
あるいは利便性でしょうか。四浦までも大変ですから、船の方が便利がいい。

孫右衛門 11月27日(火) 23:55
私は随分予備知識が入ってからの探訪ですので、驚きというのは少なかったです。
そうですね補助の問題などもあるのでしょう。それに橋でも渡し船でも、半島先端まで来るのが一苦労ですね。

これは別府市街地の外れの浜脇地区にある共同浴場です。浜脇地区の歓楽的温泉地の名残も印象的でしたが、無数にある共同浴場・温泉銭湯の密度はさすが別府といったところです。しかも入浴料はほとんどが100円高くても200円です。中には無料のところもあります。
ほぼ地元の人にしか知られていないものも多くあるようです。
鉄輪温泉と別府駅前で渋い共同浴場に入ってきました。
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1835: 鳴子温泉ゆさやに来ています 七ちょめ 11月21日(水) 15:55
宮城県鳴子温泉の ゆさや に来ています。登録有形文化財ですが、古さは全くなく、チョッとガッカリ

孫右衛門 11月21日(水) 21:43
鳴子温泉のゆさやと言われたのでちょっと調べていましたが外観的にはそれほど伝統的ではなさそうだと感じていましたがやはりそうですか。登録有形文化財はやはり当たり外れが多そうですね。
私も今年最後の町並探訪の実行を決めました。行先は大分県の1県です。車は使わず鉄道と船とバスのみです。津久見沖にある保戸島や佐賀関などを訪ね、別府の鄙びた温泉場を訪ねて帰る1泊の探訪です。万訪さんや辰巳屋さん、七ちょめさんの情報も頼りに訪ねてきます。

七ちょめ 11月22日(木) 07:04
ゆさやは創業380年と言うことですがね。
さて、今日は紅葉の綺麗な鳴子峡を見ようか、山形市内を廻るか、まだ決めかねています。天気と相談して決めます。

七ちょめ 11月22日(木) 17:27
今日の宿は山形県の赤湯温泉の丹波館に泊まっています。
古さを残して最新の設備、値段も安く当たりの旅館です。

Kさん 11月23日(金) 07:03
秋の東北旅行も良さそうですね。
こちらはたまにスケッチに出かけるだけで、連日”ぼお〜と”生きています。


七ちょめ 11月23日(金) 07:49
近頃のKさんの活躍は凄いものですね。ぼ〜とされていることは無いでしょう。今日は朝起きたら雪が降っていました。予約したタクシーが無事来てくれるか心配。

七ちょめ 11月24日(土) 10:59
認知症のはじまり??

二日目に泊ったのは赤湯温泉の「丹波館」でした。泊っている旅館の名前を間違えて山代館としていましたが、間違いも酷いものです。(訂正しました)
朝起きたらこのように雪が降っていました。初雪だそうです。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1834: 佐久の小さな街並み 辰巳屋 11月14日(水) 06:20
前回の養蚕農家を巡る旅のスタート地点になった長野県佐久市には、望月宿、塩名田宿など中山道の宿場町が多くあります。
岩村田宿はもともと小さな宿場であるため、取り上げられることは少ないように思います。中央の商店街が目立ちますが、北側の本町方面には大きな屋敷が並んでいました。また、中央の商店街から鼻顔稲荷神社への旧道は旭町商店街が続き、その先の鼻顔稲荷神社の対岸には岩村田遊郭の大門がありました。

画像は、その大門です。立派な大門です。よく残ったものです。

辰巳屋 11月14日(水) 06:25
佐久市の臼田駅の東約1kmには龍岡城があり、五稜郭として有名ですが、すぐ近くに、龍岡藩の高札場もあったという、小さな城下町がありました。

画像は、龍岡城の一角です。五稜郭の一部分ですが分かっていただけるでしょうか。

辰巳屋 11月14日(水) 06:27
画像は、龍岡城の北側にある城下町の街並みです。

七ちょめ 11月14日(水) 08:41
遊郭の大門が残っているのは珍しいですね。京都島原みたい。

孫右衛門 11月18日(日) 10:33
佐久市街地では中込学校を訪ねたいという思いだけでしたので、龍岡城などは認識外でした。
南牧村を西進して田口峠を経由するルートは魅力的のようですね。まだ訪ね足りない地域のようです。いつか再訪したいものです。

太泉八雲 11月24日(土) 04:30
岩村田は佐久市の中心市外で、古い建物は残っているとは思いますが、商店街もアーケード街で、何度も通過している割りには後回しになっていました。
大門も残っているのですね。

臼田もなんども、今年も何度か通過していますが、龍岡城は少し見た程度。小学校になっていて、遺構も一部残っている程度でしょうか。
旧街道沿いに町並みというか、家並みが残っていますね。枡形もあります。う〜ん。関東組としてはこのあたりも丁寧に散策しないといけませんね。
158.20.232.153.ap.dti.ne.jp
1833: 山梨県の養蚕農家 雷集落 辰巳屋 11月 7日(水) 13:02
山梨の養蚕集落について、国道140号線沿いの山梨市三富上釜口の芹沢、赤の浦、青笹、三富川浦の雷、三富徳和、三富下荻原などに残っていました。
三富川浦の雷集落を紹介したいと思います。笛吹温泉郷の三富温泉付近から東の山側に登ったところに位置しています。地図でみると山上の集落のようにみえましたので、訪問しました。ネットで見ても情報はありません。
ところが、雷集落に行ってみると、古民家がほとんどの集落でした。古民家率70%以上でしょう。
古民家といっても、年代を正確に調べてはいませんが、いわゆる甲州古民家の建物が、かなり多いのです。
高台からの眺望です。全体は写っていませんが、かなりの確率の古民家です。

辰巳屋 11月 7日(水) 13:04
この画像は、雷集落でも目立つ3階建ての建物です。逆光になったのがちょっと残念です。

辰巳屋 11月 7日(水) 13:05
この画像は、集落の上側にあった建物です。典型的な養蚕農家の建物です。

辰巳屋 11月 7日(水) 13:07
この建物も集落の上側にあった建物です。

万訪 11月 7日(水) 15:49
雷集落はすごいですね。甲州ならではの切妻ハーフティンバーの古民家がこれほど残ってるのは珍しい。発掘、お見事です!

Kさん 11月 7日(水) 16:51
秋たけなわの素晴しい景色ですね。俯瞰スケッチ大好き人間としては、よだれが出そうです。特に47都道府県制覇なんて言っていますが、山梨は通りがかりに描いたたった1枚しかなく、ぜひ出かけたい県です。

孫右衛門 11月 7日(水) 21:20
三富川浦は9月に探訪したとき、民宿に泊った集落です。全く予備知識がなくしかも到着した時は暗かったので、翌朝の散歩時に初めて良い集落なのを知りました。町並として掲載しようと予定しています。
日の出荘という民宿に泊り、近くには不動滝という小さな名所もありました。雷集落とはまた違う場所でしょうか。

辰巳屋 11月 8日(木) 07:26
孫右衛門さんの利用した「日の出荘」は、三富川浦の雷で、私の掲載した雷集落です。
三富川浦が大字で雷(いかずち)は小字にあたると思います。雷集落に民宿があったとは知りませんでした。とても良いところだったでしょう。
私は、地図でおもしろい地形にあると思い訪れました。

秩父往還と呼ばれるこの地域には、笛吹川に沿って古民家の集落が点在しています。
画像は、青笹集落です。国道140号線から撮ったものです。

辰巳屋 11月 8日(木) 07:27
集落に入ると、中央にある長屋門のある家です。

孫右衛門 11月 8日(木) 14:17
地図を良く見ると確かに雷の地名があり、バス停にも名前が残っているようです。
このほとんど知られてもいない集落にメンバーが相次いで訪ねるというのはまた面白いことです。
私がこのとき訪ねた他の山梨県の集落系は重伝建になった下小田原上条集落のみです。丹念に辿れば沢山あるものですね。


辰巳屋 11月 9日(金) 22:17
山梨県景観百選というのがあり、その中に「雷集落と不動滝」というのがあります。地元では景観で有名な場所となっています。
このほか、集落では、塩平集落、西保中集落、徳和集落、切差集落、江曽原集落、市川集落、洞雲寺とその周辺農村が選定されています。今回、雷集落のほか、西保中集落、徳和集落、切差集落、市川集落を訪問しました。
集落のほか、街並みも選定されていますので参考になると思います。(これは、訪問後にわかった情報です)
山梨市景観百選は、次のとおりです。
https://www.city.yamanashi.yamanashi.jp/citizen/docs/index_06.html
画像は、切差集落です。浦野さん情報と地図で見ると地形が古民家が残っているようで訪問しました。
120050197170.mcat.ne.jp
1637: 鉄輪温泉 辰巳屋 12月11日(日) 09:43
大分県別府と北九州に行ってきました。
別府では、鉄輪温泉、明礬温泉、北浜界隈を廻りました。
画像は、鉄輪温泉の中心地の鉄輪銀座通りです。湯治場として有名で、地獄めぐりも有名です。街のいたるところで湯煙りがみられます。旅館も多いのですが、地元では旅館というより、湯治客への「貸間」と呼んでいるとの説明がありました。

万訪 12月11日(日) 10:14
辰巳屋さん、こんにちは。
別府の写真、風情がありますね。別府はJRから海側を歩いてはいますが、明礬温泉のような山側を歩いておらず、未だ記録すべき町並みの全貌がつかめておりません。一泊二泊して歩かないといけないですね。旅館ではなく「貸間」というのも湯治場ならではの表現なのでしょう。豊後水道沿のリアス式海岸集落に未訪地があるので、合わせて行きたいと思いました。

七ちょめ 12月11日(日) 12:01
この鉄輪温泉の画像はいいですね。一度は明礬温泉に泊まり、硫黄の採掘するところ??を見たこともあり、もう一度は別府市の街中の温泉、名前は忘れた 別府温泉??に泊まり、何だか近代建築の写真を撮った覚えがあるのですが。

湯治場じゃなく「貸間」という表現も面白いですね。確かに湯治客には当てはまります。

別府には私の泊まる対象となる温泉宿も少しはあるのですが、二人以上でないとと云われることが多く、電話するもの億劫ですね。

辰巳屋 12月11日(日) 13:59
画像は、「温泉閣」です。旅館と湯治とどちらも対応できるようです。
鉄輪温泉の中心地にあります。
温泉で野菜などを蒸して食べる「地獄蒸し」もできるようです。ホームページもあります。創業は明治とあったように思いました。


Yasuko 12月11日(日) 15:50
先日辰巳屋さんに教えていただいた、因島の三庄の鉄工所遊郭を写しにいってきました。確かに風格がよく残っていて、久々にうれしくなりました。
あと土生の歓楽街、面白い3階建がありました。生口島の瀬戸田にも耕三寺の庭園の傍にも遊郭があったというところも民芸館の館長さんが教えてくださいました。あとから知ったのは館長は平山郁夫さんの弟さんだったとか。

孫右衛門 12月11日(日) 19:31
鉄輪温泉をはじめとした情報ありがとうございます。別府は部分的に歩いてはいますが、私も全体像がつかめていません。九州は温泉の大変多いところですが、考えてみると私個人的には鉄道を目的としたものと町並を目的としたものばかりです。最近はそれでも温泉宿に泊ることも少なくないですが、九州では20年くらい前に雲仙に泊った位で、温泉を味わっていません。

先日のミニオフ会で、来年のオフ会当番役として意思確認みたいなのも行いました。これまでに出ているものとして、その九州の温泉地を中心とした案、そして(第15回ということで)祝島で再度という声も上っていたかと思います。
例年年明け2月くらいには実施日と開催地の決定に入っていますので、これから年明けしばらくにかけて、各々希望地その他を練っておいてください。今回は人数も増えましたので、開催日は早めに調整した方が良いと考えます。

辰巳屋 12月12日(月) 05:09
Yasukoさん、さっそく訪ねられたのですね。
三庄は、分かりにくい所です。一見、普通の住宅街のようです。土生の3階建ての情報は私は知らないですね。
瀬戸田は、外見は普通の住宅なので、地元の人でないと分からないでしょう。

鉄輪には、他にも湯治旅館のような旅館はたくさんありました。
画像は、別府の北浜にある趣のある旅館、山田別荘です。


七ちょめ 12月12日(月) 13:19
温泉閣の開業は明治年間ということで宿泊対象としてリストアップさせて頂きました。
山田別荘も調べましたが、昭和5年に別荘として建てられた建物を、戦後旅館として使用されているものの様です。
そんなんで私の宿泊対象から外れます。残念ですが仕方ないです。
情報を頂き有難うございます。

urano 12月14日(水) 23:33
別府は20年近く前に観光旅行で行ったのみです。そのときは大型の観光ホテルが多い街という印象で、以降も訪問リストに入れておりませんでしたが、風情のある裏道や温泉旅館がたくさん残っているのですね。

また、それとは別に最近、明礬温泉の湯の花小屋の存在を知り、いずれ行きたいと思うようになっておりました。
湯の花小屋については、情報を得たときにインターネットで検索したら、七ちょめさんのブログが偶然ヒットしました。
それで改めて町並みページを拝見しましたが、掲載されておらず・・、まあ「町並み」ではありませんからね。
でも、ここの茅葺き小屋の一群はたいへん興味があります。


七ちょめ 12月15日(木) 08:56
uranoさん
明礬温泉の湯の花小屋を訪ねたのは覚えていますし、ブログにUPしたのも覚えていますが、自分の投稿したブログを見つけることができませんでした。
どうでも良いことですが、偶然の上に偶然でしょうがよく見つけられましたね。

七ちょめ 12月15日(木) 22:02
多分 明礬温泉の湯の花小屋はこの様なものだったと思います。
URANOさん、当たっていますか。

七ちょめ 12月16日(金) 09:27
見学できるのはこの様なものだったと思います。

urano 12月16日(金) 13:41
七ちょめさん、そうです、これです!
あのあと再度検索しましたが、ブログページは見つけられませんでした。
私は小屋などの付属屋も好きなもので、こうした設備(しかも茅葺き!)に惹かれます。

七ちょめ 12月16日(金) 14:58
http://takahira.exblog.jp/18218453/
やっと探し当てました。掲載は2004・4・29で12年以上前でした。

Kさん 12月17日(土) 11:53
九州に住んでいるころ別府には何回も行きましたが、明礬温泉へは行っていません。「別府八湯」と言って、8つの温泉の集合体なのですね。鉄輪温泉のあちらこちらに湯気が立ち上る景色が目に残っていますが、残念ながらスケッチはなし。
この絵は亀川温泉の公衆浴場ですが、入湯料は50円でした。別府港近くにある伝統的建築の「別府温泉」も入湯料はそんなものでした。

Kさん 12月17日(土) 11:58
「訂正」別府の中心街にあるのは「別府温泉」ではなく「竹瓦温泉」でしした。入湯料は100円でした。

七ちょめ 11月 9日(金) 08:53
偽ブランドの販売業者が投稿しましたので削除したのですが、投稿の順番は上がったままです。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1830: 南牧村の養蚕農家 辰巳屋 11月 1日(木) 05:51
現在、秩父にいます。
10月29日に長野県佐久に宿泊し、田口峠経由で群馬県南牧村に入り、上野村経由で秩父まで来ました。養蚕農家の集落の訪問が主な目的ですが、長野県佐久市の広川原、馬坂は良く養蚕農家が残っていました。ほとんど南牧村のようでしたが。

画像は、田口峠(県道下仁田臼田線)の道路です。


辰巳屋 11月 1日(木) 05:53
画像は、広川原です。二列に並んだような状態で建てられています。
ここは、南牧村ではないようです。佐久市です。

辰巳屋 11月 1日(木) 05:54
南牧村では、熊倉、勧能、星尾(仲庭・大上・小倉・道場)、赤岩、六車、山仲、下底瀬、上底瀬、大仁田、奥の萱と訪問しました。
画像は、熊倉です。

辰巳屋 11月 1日(木) 06:01
画像は、星尾大上です。

七ちょめ 11月 1日(木) 09:28
後の二つの画像の集落風景は良いですね。紅葉と天気で良い画像ですね。

私は今、新幹線で熱海に向かっています。地域の団体旅行です。泊まりは伊東温泉です。今までは家内が参加していましたが、今回は事情が有り私の参加に。

万訪 11月 1日(木) 14:19
辰巳屋さん、なんと秩父におられるんですね。この後、養蚕つながりで栃本行かれるのですか?
南牧村の奥地はよく残っていますね。見応えがあったことと思います。おっしゃる通り、広河原は長野県佐久市です。とんでもない峠を越えないと市役所に行けない。したがって、このならびの上信国境では田口峠だけ冬季閉鎖になりません。
なぜそんな国境線が引かれたのか、わかったら教えてください。

孫右衛門 11月 1日(木) 22:35
精力的に探訪されているご様子、災害対応も落着かれたようで何よりです。私はこれからなかなか動きづらくなる時期に入りますのでその分もお願いします。
それはともかく、南牧村は9月に訪ねているのに、挙げられた集落はどこも全く訪ねていません。まだまだ粗い探訪です。
私は山梨県側から秩父地方にアプローチし、小鹿野、上野村、南牧村を経て下仁田町から佐久・中込に抜けました。

辰巳屋 11月 2日(金) 06:06
上野村では、楢原(旧黒沢家)、乙父、乙母、川和、新羽、野栗沢、胡桃平、八倉、平原、橋倉、持倉、高塩、元船子、間物を訪れました。

胡桃平は、斜面に並ぶ養蚕農家の建物が印象的でした。

辰巳屋 11月 2日(金) 06:10
八倉を訪れ、八倉の麓にある橋倉集落で、地元の人に聞くと、八倉よりもさらに山の中(上)に持倉という集落があるという情報を聞き、急遽訪れました。天空の里として、有名のようです。

画像は、持倉です。国道462号から県道172号に沿って船子川を遡り、一番奥の集落です。椹森までは、広い道路ですが、直前の連続カーブの細い道を登ると終点に持倉集落があります。地元の人に聞くと平家の落人伝説もあるようでした。

山岳集落を訪れるには時間が必要です。足が疲れますので、シップを持参し、毎日貼っています。

太泉八雲 11月 2日(金) 21:47
おお、久しぶりの書き込みです。
辰巳屋さんは南牧村にいらっしゃったのですね。
長野県佐久市の広川原から南牧村は、最近ときどき久しぶりにバイクで訪れ、改めて撮影で再訪せねばと思っていました。
いくつかは知らない、見たことの無い風景。奥が深いですね。地元民として反省と共に久々の集落探訪、刺激されます。

太泉八雲 11月 2日(金) 21:58
しかも、今年は何度もバイクで訪れている上野村の新羽、野栗沢、胡桃平、八倉、平原、橋倉、持倉、高塩、元船子、間物は全く知らない場所です。
群馬県上野村。奥が深い...。

万訪さん、長野県佐久市広川原で言うと、分水嶺よりも東側に位置しています。
が、豪雪地帯というのがネック。流通の中心地である下仁田よりも、城下町にして宿場町でもあった田野口藩の臼田の方が距離的にも地形的にも近くて合理的だったようです。

この界隈、再訪問されますか?

万訪 11月 5日(月) 06:31
下仁田より峠を越えて臼田の方が合理的
なるほどです。しかし、あの峠の高低差はどう考えても同じ行政区域として不自然に感じてしまいますね。

この界隈は、中央構造線づたいにつながる、天界の村の北限だと思っています。改めて動画撮影したいと思っておりますので、再訪問しようかな。

辰巳屋 11月 5日(月) 10:01
上野村の訪問地として、複数の地名を書きましたが、神流町の地名も含まれていました。八倉、平原、橋倉、持倉、高塩、元船子、間物は神流町です。失礼しました。

画像は、持倉の前掲の集落の反対側の建物です。養蚕農家の2階を改装したものと思われます。

辰巳屋 11月 5日(月) 10:02
画像は、南牧村の大仁田です。大仁田には、養蚕農家が多く残されていました。惜しいことに、大きな養蚕農家の建物が崩れかけようとしていました。

私は、その後、埼玉県秩父市の石間の沢口、半納の集落を訪問し、その後、山梨県の甲州古民家の集落を訪ねました。これは、整理中ですので、後日、報告します。

万訪 11月 5日(月) 14:16
辰巳屋さん、八倉の情報は私のサイト以外にありましたでしょうか?私は地形図で天界の村だとあたりをつけて訪れたもので、ほかに情報があれば教えていただきたいです。

辰巳屋 11月 5日(月) 16:50
八倉は、万訪さんの情報です。ありがとうございます。他にはありません。

ついでながら、時間がなかったので行けなかったのですが、神流湖の南側にも養蚕集落があるように思います。吉田太田部の久保田、相見、楢尾(以上秩父市)、鳥羽、宮本、浜の谷、住居野(以上神川町)です。地図で見ると斜面に広がる地形にあり、養蚕集落のように思います。
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1832: 温泉・銭湯二題 孫右衛門 11月 3日(土) 20:24
皆さんは余り温泉や銭湯は興味は低いと思われますが、その話題です。
私もほとんど興味がなかったですし、スーパー銭湯などには今も行く気は起きないのですが、レトロということに引っ掛けると結構魅力あるものと感じるようになりました。町並探訪でも小さな温泉旅館を好んで選んだり、現場出張でもビジネスプランなどで気軽に泊れるので、選択肢の一つにしています。

ここ最近のものからまず一つ。島根県の三瓶山の麓には非常に渋い温泉地が幾つかあります。今週初めの日帰り出張時、昼に少し空き時間が出来たので寄ったのが小屋原温泉・熊谷旅館です。ここは外観は普通の昭和の旅館といった風情で特筆すべきことはありません。

孫右衛門 11月 3日(土) 20:28
ところが浴室棟に移ると突如雰囲気が一変し、4つの小浴場が並ぶ湯治場的雰囲気です。平日の昼時間だけあって他に客はいませんでしたが、週末に入湯するのはかなり待つ場合もあるとのことです。

孫右衛門 11月 3日(土) 20:30
浴室内。浴槽は析出物で覆われ、入ると大量の炭酸ガスで体中に気泡が付着しました。

孫右衛門 11月 3日(土) 20:37
所変ってこれはわが町に唯一残る銭湯です。訪ねられた方はご存知かと思います。
子供の頃風呂が壊れた時に入ったことがあるのを記憶しています。こういう銭湯は激減していて、もはや銭湯マニアの間では結構有名になっているようです。
いつかまた行ってみたいと思いながら、今日久々に入ってみました。

孫右衛門 11月 3日(土) 20:45
脱衣場・浴室ともにまさにレトロ銭湯そのもので、小学生の頃は普通の風景だったのでしょうが、今は珍しいものになっているようです。
ロッカーの上には常連さんのセットが並び、それが10セットくらいはありましたので、何とか維持できているのでしょう。
番台に座るお婆さんは80歳を超えられているということでしたが、年齢を感じさせない雰囲気でした。多分小学生のときに来た時も座っていたのではと思います。
先の豪雨災害では床上浸水の被害を受け、その後仮復旧し被災者を無料で受入れたりされていた姿を見て、そのレトロさももちろんいつまで続くかということもあって、近いうちに入りに行かなくてはと思い続けていました。
このような銭湯は、もはや文化遺産的価値があり、わが町にそれがあるのは、誇りに思います。

Kさん 11月 3日(土) 21:31
九州時代には公衆温泉にずいぶん入りましたし、普通の銭湯にも大いに興味があります。懐かしい感じの銭湯に出会うと、よくスケッチしています。この絵は大阪府泉佐野市の銭湯ですが、他にもたくさんスケッチがあります。

先日の台風21号で大阪府下の銭湯の70%に当たる300軒が被害を受け、廃業に追い込まれる銭湯も多いそうです。泉佐野の銭湯は大丈夫だったかな?。

孫右衛門 11月 4日(日) 08:44
人吉新温泉もKさんの情報でしたね。
最近は銭湯に行くこと自体を目的としている人も少なくないようですが、お客さんの多くは地元の常連客であり、ちょっとしたことで廃業のきっかけになる状態なので、台風被害で次々と止められる事態になっているのでしょうか。
大阪は銭湯の多いところで、古い町並とは少し違えど昭和的な街の風景に貢献するものでもありますので、無くなってほしくないですね。
ちなみにわが町の銭湯はわたしが入っている間に5人くらい客の出入りがありました。そのため浴室内は撮影できませんでしたが少し安心できました。

万訪 11月 4日(日) 15:37
孫さんの新シリーズですか!銭湯は鑑賞するのは好きですが、入るとなると面倒なので敬遠しがちです。ひと通り持参しないとだめですし。今後の展開を期待します!

孫右衛門 11月 4日(日) 18:02
私もさすがに本物の銭湯は用具一式が要りますし、地元の方々の中に闖入するのも少々勇気がいりますので、銭湯に入るのを目的とした探訪は予定にありません。ただ、レトロ性が話題だったり、宿泊先の近くに銭湯があれば足を伸ばしたいですね。
温泉の場合はそのようなことは少ないので、展開しやすいですが。今後メインに挙げるかどうかはもう少し考えましょう。

これは隣町の熊野町というところにある集落風景です。いつものウォーキングを少し場所を変えてやってみようという程度でしたが足を踏み入れていない路地も沢山あって、新たな発見も沢山ありました。ないと思い込んで歩かないのはいけませんね。
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