2010年4月10日 (Sat)
がんばれ両親
父は昭和2年生まれの82歳で、母は10年生まれ74歳です。
父は高校の理科(専門は物理)の教師でしたが、母は外で働いたことがなくずっと専業主婦です。
たまに会うと、二人とも少しずつ衰えがみえなくもありませんが、健康には気を使っていて、夏は毎朝自転車で家から3キロ位離れた神社の境内にラジオ体操に出かけ、ラジオ体操の指導員の資格まで取り体操仲間とラジオ体操のコンテストに参加したり、またパークゴルフやグランドゴルフも夢中になってやっています。母は今でもミニバレーや体操をする教室に通っているみたいです。
その甲斐あって、二人ともダイエット?に成功、今は標準体重です。
また体と違い、頭の方の衰えはまったくみえません。(こんなこと書いたら叱られそうです。笑~)
そんな二人が孫(弟の息子)の高校の入学祝いのため(他にも色々)に東京に出かけるというので、先月私が実家に帰った折、一緒に行って「携帯電話」を買ってもらいました。
両親はずっと「(携帯は)必要ないからいらない」と言っていたのですが、弟の新しい家(府中市)には始めて行くわけだし、我が家の次男のアパート(北区岸町)にも行ってみると言っているし、千葉の柏市の叔母(母の妹)の家へ行くにしたって駅に迎えにきてもらわなければ行けないだろうし、、、最近は公衆電話が極端に減っているので、携帯電話がないと無理だよと説得し、やっと持ってもらいました。
両親が東京へ行くのは5年振りくらいでしょうか。電車の乗り換えなどの心配はなさそうなんですが、重たい荷物を持って長く歩くのは5年前とは比較にならないほど大変だと思います。二人とも「スイカ」は使ったことないしね。
そんなわけで、これを機に携帯(もちろん楽々フォン)を持ってもらったのですが、メールはおろか、中々電話にも慣れなくて、難儀をしております。
私からかけると電源が入っていないことが多く、家電をして「携帯の電源入れて」となります(笑)
ところが、昨日「やっとできました」とメールが来たんです!
すぐに返信を打ったら、2時間後にメールが、、、ところがそれは空メールでした(^^;)そしてさっきもまた空メールが届きました。
あー一体、何をやっているんでしょう?
そばで教えてあげられないので、こちらがやきもきします。
母は機械音痴だから鼻からメールは出来ないだろうと諦めていますが、父、理科の先生、頑張ってよぉ~~~。
きたのスナフキンさん、お母様は93歳で健在なのですね。
スナフキンさんが現在の生活に満足し、仕事帰りにいつもお母様を思い出していらっしゃる、それだけでも十分親孝行だと思いますよ。
私のトラウマ①
私は高校を卒業しすぐに大阪の大学に入学しました。最初は東住吉区の下宿で生活し通学。夏休みあけの9月から高野線(JR)の北野田に学生寮がオープンしそこから阿倍野区昭和町のキャンパスに通学しました。中学2年頃から家庭での環境や母の姉妹からいろいろ云われるのが、私の心中では重苦しいものとしてモヤモヤしていたと今になっては思われます。その頃の私の性格は、両親や他人に自分の思っていることをハッキリ言うことができる状態ではなかったようです。勉強に集中できず成績はどんどん落ちて、とても高校や大学に行ける状況ではありません。でも母の根回しで何とか高校、大学へ入学しましたが自分ではどうしていいかわからない無知の人間だったのでしょう。そんな生活を4、5年送り折角、親や叔母の援助で入った大学も中退し新潟に戻りました。だからこの時の失敗が自分の一生を左右してしまったのだと今になって分かったのです。こんなつまらないことを書き申し訳ありません。人様にはとても迷惑のかかる話しで不愉快な思いをされていることでしょう。でもこのコーナーがあり私は大変助かっております。有難うございました。
いえ、いえ
胸の奥に秘めていたお話をありがとうございました。
家の三男坊がやはり中2くらいから反抗期に入り高3の今も幼いままで高校卒業後の進路はどうしたもんだかと悩み中です。スナフキンさんのお話を伺い、親の思いよりも、子どもを信じて、本人の思いをくみ取ってさやりたいと思いました。
おはようございます、
今頃は神戸ですねw
俺はサービス仕事が入ってしまいましたw
うまくいきますように、
マダムン達と楽しくを通り越してw
お話ししてるんでしょうねw
帰ってきました~。
お陰さまで朗読会は大盛況で、楽しくできました。
2泊3日の関西、すごく良かったです♪
疲れが取れたら日記にも書きますね~。
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私の母は93歳で弟の家に同居しています。私は長男ですが、わけあって実家の1キロ半ぐらい離れた家内の実家の裏に住んでいます。いつも仕事を終えわが家に戻る路沿いの所に信号があり大体引っかかって停車します。
この停車位置から直線で赤の点滅信号が四つ点滅しています。深夜になると赤点滅にかわる信号です。この四つめの信号を右折した先に私の実家があり母はそこに暮らしています。仕事を終えいつもの信号で停車すると母はどうしているかなぁと思い出してしまいます。私は現在の生活に満足していますが、母に親孝行らしきことを十分にしてないことが悔やまれています。母は私たち子供を大事に育ててくれましたが、私は母の期待に添うことができませんでした。このことだけがトラウマになってしまいました。